第弐拾七話「未だ奏でぬ追複曲」


「秋子さん、体の具合が良くなって本当に良かったです」
 病室前での老人との会話を終えた後、私は病室に入り秋子さんと話をする。
「…声が聞こえたのですよ……」
 開口一番、何処か遠くを見つめている顔で秋子さんは呟いた。
「声…?」
「ええ…。これでようやく夫達の元へ行ける…、意識が消えるそう思った瞬間神夜さんの声が聞こえたのです…、『まだ誰も大気へは旅立っていないから…、だからまだ空へは上がらないで……』と…」
「まだ…、誰も旅立ってはいない…!?どういう意味ですか?」
「分かりません…。ただ、神夜さんの声を聞いた直後、とても懐かしく忘れられない夫の温もりを感じました……」
「春菊さんの…」
「多分主人は死んでもなお私の事を想っていたのですね…。そして魂となった状態で死の淵にあった私を助けに来てくれたのですね…」
「秋子さんっ!」
 私と秋子さんが話している最中、あゆが飛び込むように病室に入って来る。
「あゆ、どうしてここに!?」
「秋子さんが事故にあって、それで…、それでもう助からないかも知れないって聞いたから…。だから…、だから心配して見舞いに来たんだよ!!」
「ありがとう、あゆちゃん。でも、私はもう大丈夫よ…」
「ホントに!?うぐぅ〜、良かった、良かったよ〜。ボク、もう大切な人がいなくなるのにはたえられなかったんだよ〜」
「…『誰もまだ旅立っていない』…あの二人もきっとこの娘が心配でまだ現世に魂を残しているのですね……」
 秋子さんに子供のように泣きじゃくるあゆ。そのあゆを優しく宥める秋子さんに学校があるからと言い、私は退室した。家に一人でいる名雪も気掛かりだし、何より親のように秋子さんを慕っているあゆに懐かしい母の温もりを味あわせておきたかった。
「まだ、居たのですか?」
 病室の部屋に出ると耳にイヤホンを当て、何かを聞きながら腰掛けている草加さんの姿があった。
「ああ。君達が話している中に入るのは失敬だと思ったのでね」
「所で何を聞いているのですか?」
「君も聞いていみるかね?」
 そう言われ、私は草加さんからイヤホン事ウォークマンを渡される。
「…この曲は…、パッヘルベルのKanon……」
「良い曲だとは思わんかね?」
「ええ。私も大好きな曲です…」
 私がこの曲を初めて聞いたのはエヴァの映画のラストだった…。この曲を聴くとあの悲しく切ないラストシーンが鮮明に映し出される…。
「…人が人を想う事により起きる奇蹟の物語…。それは以前起きた奇蹟を模倣するが如く永遠と語り継がれて行く…。そう、それこそ前の同じ旋律を追い掛ける様に模倣し奏でられる追複曲、Kanonのように……」
「えっ…!?」
「いずれ君自身、身を持ってこの意味を知る事になるだろう…」
「兄様っ、いたいた」
「真琴、戻って来たのか」
「家に戻る時間がないと思って学校の道具を一式持って来てあげたのよ」
「サンキュー。では、草加さん、機会がありましたならばまたお会いしましょう」
「ああ…」
 草加さんにウォークマンを返し、一礼をした後私はその場を後にした。
「草加閣下!」
「津田(つだ)か…。陛下は無事皇居にお戻りになられたのだな…」
「ええ…。後は今上天皇陛下の御聖断をお待ちするのみです」
「例え力を失ったとはいえ、殺められる事はないだろう…。きっと事は上手く運ぶ…」
「ですが、これであの方々を救う事は叶わなくなりましたね…」
「案ずるな…。現陛下より更に力を持つ者を見つけた…」
「えっ!それは一体誰なのです?」
「先程通り過ぎた青年だ。彼は陛下の親類、即ち彼も源氏の血を継ぐ者…。そしてそれだけではない…、彼が昨晩みせたあの力…、あれは現陛下すら持ち合わせておられないこの国と住まう民の未来の為失われたあの力だ…」
「それでは!」
「だが、今はまだその時ではない…。今病室で水瀬婦人と話をしている少女が誰だか分かるかね…」
「あの背負っている羽の付いたリュックは…!」
「そういう事だ…。彼はまだ新たなKanonを奏でてはいない…。全てはそれが奏でられてからだ……」


「こんばんは」
「あゆか。どうしたんだ、こんな夜分に…」
「うん、ちょっと祐一君に会いたくて…」
「そうか。まあ、他に誰も居ないし遠慮なくあがってくれ」
「他に誰も居ないって、名雪さんとかはどうしたの?」
「名雪は今日は秋子さんの看病も兼ねて病院に寝泊まりするって言ってたし、真琴は真琴で何処をほっつき歩いているんだか、まだ家には帰って来てない」
「じゃあ、遠慮なくあがるよ。お邪魔しま〜す」
「ところで夕食はもう食べたのか?」
「ううん、まだ…」
「俺もまだだし、今から俺がお前の分も作ってやるよ」
「祐一君、料理はできるの?」
「麺類程度なら何とか作れる。出来るまで俺の部屋ででも待っててくれ」
「うん、分かったよ」
 そうして、私は台所に向かい、あゆは2階の私の部屋に昇って行った。
「さてと材料は…」
 手作りの料理を得意とする秋子さんだけにインスタントは置いていなかったが、幸い普通のゆで麺はストックしてあった。
「具も一通り揃えてあるな…」
 鍋に水を入れ、コンロで沸騰させる。沸騰しきったお湯に麺を入れ2〜3分ゆでる。ゆで上がった麺を容器に入れ、その上に具を乗せラーメンは完成した。
「あゆ出来たぞ…」
「フハハハハハ…。米国よ!ついに貴様等に先大戦での借りを返す時が来た!!我等帝國の誇るこの超長距離大型爆撃機『富嶽』の力により、米本土を焦土と化してくれるわぁ〜〜!!」
「プチッ!」
 部屋に入るとあゆが勝手に私のゲームを引き出し、更には性格を豹変させていたので、私は急いでゲーム機のスイッチを切った。
「あっ…。うぐぅ〜、祐一君何てことするんだよ〜」
「…お前、俺に会いたかったっていうのは建前で、本当はこのゲームをやるのが目的だったんだろ?」
「そんなことないよ〜。ただ…、何もしないで待っているのは退屈だからちょっと遊んでいようかなぁ〜って…」
「とにかくもう出来たぞ。延びない内に早く食べようぜ」
「うん、分かったよ」
「…ところであゆ…。どうしてあんなに性格が豹変するんだ?」
 夕食中、私は勇気を出しあゆの性格豹変の謎に迫った。
「えっ、性格がひょうへんするって何?」
「じ、自覚してなかったのか…」
「?」
「つまりだな…。お前が大日本帝國軍が使えるゲームをプレイし出すと、まるで別人のようになるって事だ…。変わり方が普通に好きだっていうレベルを遥かに凌駕していたからな、何か理由があるのかなって思って」
「…ボクのお父さん、ボクが生まれる前に死んだっていうのは知っているよね…?」
「ああ」
「あの記念館に行けばお父さんの顔、仕事姿は分かるけど、仕事してない姿は分からない…。けど、家にお父さんが好きだった本やレコードは残っていた。これを読んだり聞いたりすればお父さんがどんな人だったか分かる…」
「…で、残っていたお父さんの形見が旧日本軍に関係するものだったっていうオチだな…」
「うん…。小さい頃お父さんがどんな人か知りたくて、そればっかり読んだり聞いたりしていたような気がする…」
「…ま、まあ、そんな事情じゃ仕方ないか…」
「ごちそうさまっ!」
「食い終わったか。で、これからどうするんだ…?」
「う、うん…。祐一君今日は祐一君以外は家に居ないんだよね…?」
「ああ。もっとも真琴は帰ってくるかも知れないがな…」
「…えっと…今日…祐一君のお家に泊まって行ってもいいかな…?」
「えっ!?」
「祐一君ともっとお話したくて…」
「おいおい、話ならいつでも出来るだろ!?何も今夜じゃなくても……」
「うん…、でも……」
 必死で何かを言いたそうなあゆの顔…。何故だろう…?この顔を見ているともうあゆには会えないのではないか…、そんな気がする…。
「…分かった。そこまで言うんなら泊まっていってもいいぞ」
「ありがとう祐一君…」
「名雪も留守だし現在のこの家の権限は俺に全権が委任されているから、秋子さんの許可も要らないし。で、泊まるとして、何処の部屋で寝る?」
「えっと…あの…祐一君の部屋じゃ…ダメかな…?」
「う〜ん…、悪くはないが…世間体がだな……」
「うぐぅ…」
「わ、分かった、了承する。じゃあ今からあゆの分の蒲団を敷いて来るから、その間家に連絡を入れておいてくれ」
「うん」
「そういえばあゆ、今何処に住んでいるんだ?家で一人暮らしか、それとも何処かに預けられているのか?」
「うん、お母さんがいなくなってからはお父さんの知り合いの所に住んでいるよ」
「そうか。じゃあ、そこに電話を掛けておいてくれ」
「分かったよ」
 あゆに電話を掛けておくように言い、私はあゆの蒲団を敷くため2階に昇る。
「ええっと…電話番号は確か…。あっ、もしもし佐祐理さん、ボクこれから……」


「遅いなあゆの奴…」
 蒲団を敷き終わりそろそろあゆが来だろうと思っていたが、あゆはなかなか姿を見せなかった。
「お待たせ祐一君」
「遅かったな、何かあったのか?」
「うん。電話を掛けたのはいいんだけど、今までどこに行ってたのとか、どこの家に泊まるのと色々と聞いてくるんだよ」
「それだけお前を心配しているんだろ。で、結果はどうだった?」
「泊まってきてもいいって言われたよ」
「そうか、なかなか良い人じゃないか」
「うん。でもその人ボクのことよく男の子みたいだって言うんだよ…」
「はは…確かに見る人によっては男の子に見えるかもな」
「うぐぅ…」
 そんな感じで私とあゆは他愛ない談笑を暫く続けた。時には笑い、時にはからかったり…。こんな時間が永遠と続いて欲しい…、そんな事を思いながら夜は深けて行った……。
「…あゆ…、まだ起きてるか…?」
「うん…祐一君と一緒にずっとお話した興奮がなかなかさめなくて…。それにしても祐一君、ボクにパジャマを貸して本当に良かったの?」
「ああ。他にアテもなかったし泊まりに来た人に普段着で寝させる訳にもいかないしな」 「でも祐一君、Tシャツ一枚で寒くない?」
「成せば成る!ザブングルは男の子!!(C・V大滝進矢)」
「何を言っているかよく分からないけど、ようは寒くないって事だね」
「まあそういう事だ」
 本当はそこそこ寒いのだが、あゆに余計な心配をかけさせたくないので、本音は隠し通す事にした。それにしても、だぶだぶの男物のパジャマを着ているあゆは妙に可愛らしく見える。この格好を見れば、確かに男の子に見えなくはないだろう。
  「そういえばあゆ…、最近探し物の話をしないけどもう見つかったのか…?」
「ううん、まだ見つかっていない…。でも、もういいんだ…」
「何故…?何を探しているのかさえ分からないんだろ?」
「うん…、探しているものが何だかは分からないけど…、それはボクが幸せな時は必要のないものだと思うんだ……」
「という事は、あゆは今幸せなのか…?」
「うん、でも…」
「でも?」
「でも…、ときどきこわくなるんだ…。今の幸せは夢なんじゃないか…?この幸せはある日突然夢から覚めるみたいに終わるんじゃないか…?そう思うとこわくて…」
「…人間五十年、化天の内を較ぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如く也……」
「えっ…?」
「信長が好んで舞ったと伝えられている能の敦盛の一節だ…。只春の夢の如し…、夢のまた夢…、先人達は皆口を揃えるように人生は夢のようだと言っている…。生きる事は無常の夢…、いつかは覚める夢なんだ……」
「祐一君…」
「人の一生は地球の寿命と比較すればそれこそ正に夢のように儚い一瞬の刻…。だけど、一瞬だからこそ…、いつかは覚めるからこそ良い夢を見たい…。そう思わないかあゆ…?」
 そう言い終えると私は蒲団に横たわっているあゆにゆっくりと近づき、優しく撫でる様に抱き付く……。
「祐一君…?」
「私はあゆと共に過ごせる今が、自分の中で一番幸せな刻だ…」
「それはボクも同じだよ…。でも…、それだけ幸せだから例え覚めると分かっていても覚めてほしくない…。祐一君がいない夢はもう見たくない…」
「案ずるな…。私はもう帰ったりはしない…。あゆが居るこの街にずっといる…。もうお前に悲しい夢は見せない…。だから私はあゆより先には絶対に空へは旅立たない…。もしあゆが先に旅立ったとしたら、私が後を追い駆ける……」
「祐一君……」
「あゆ……」
 互いが互いを見詰め合い、そして深い口付けを交わす。言葉など要らない…、二人は二人をこんなにも想い逢っているのだから…。そんな二人の愛を言葉などで表せる筈もない……。


「ん…?朝か……」
 窓から入り込む光の尾を体に浴び、私は目を覚ます。どうやらあのまま眠ったらしい、目の前には幸せな笑みを浮かべたあゆの顔があった。
「…て言うか、あのままあゆを抱いたまま寝たのか!?」
 それだけならまだ良い。私の下半身はいつものように絶好調であった。男の生理的性(さが)であるから仕方ないといえば仕方ないが、隣で女性が寝ているのにこの状況は非常にまずいものがある。
「ん…祐一君……」
「わっ、あゆそれ以上くっつくな!」
 下半身の勢いを少しでも減らそうと努力するが、あゆがより私に寄り添って来た為その行為は徒労と化す。それ所か更に状況が悪化し、僅かであるがそれなりに女性の柔らかさを持っているあゆの胸の柔らかさに私の下半身の勢いは不動のものとなった。
『今は即ち絶好の好機也!漢なら迷わず犯るべし!!』
 嗚呼…頭の中から悪魔のさえずりが聞こえる…。理性が無くなれば今すぐにでもあゆを……。
「ぐわぁぁぁ〜、何を想像しているんだ〜私は〜〜!!」
 一瞬でも淫らな構図を描いた事を後悔し、私は下半身に集中している血液を頭に集中させるべく行動に移る。
「こういう時はこれだぁ〜」
とすかさずビデオに手を掛ける。こういう時は熱いアニメを見れば大概は頭に血が昇る。
「やはりGガンは熱いな。みるみるうちに頭に血が……」
「ふぁぁ〜、朝だね〜。着替えなきゃ……」
「だぁぁ〜、俺がいる所で着替えるな〜」
 寝惚けているのか、あゆは突然起きだし私がいるにも関わらず着替えを始める。必死で止めようとするが時既に遅く、止む無く私は部屋の外に飛び出した。
「しかし、いくら胸が小さいからといって今の年齢でノーブラはないだろ……」
 口に出して見て気が付いたが、部屋を出る直前一瞬あゆの胸の先端を見た事により私の下半身は再び活性化した。
「未熟!未熟千番!!だからお前はエロなのだぁ〜!!(C・V秋元洋介)はぁ…」
 その行為に自戒し、私は暫くドアの前にうなだれる。
「お待たせ祐一君」
「終わったか…」
「ふふ…」
「何がおかしいんだ?」
「だって祐一君、ボクが着替えを始めただけで驚くんだもん。祐一君って純情なんだね」
「う、うるさい…。とにかく俺も着替えるから先に下に降りててくれ」
「うん、分かったよ」
 着替え終了後私も下に降り、朝食の準備に取りかかる。朝食は料理番の秋子さんや名雪のいなく質素なものだった。せめて名雪でも居てくれればもう少しマシな物が食べられたのに…。こういう時に改めて名雪の必要性を感じる。
「おじゃましました」
 夕食を食べ終わり、私とあゆは揃って家の外に出る。
「あゆ、俺はこれから学校だけどお前はどうするんだ?」
「ボクも学校だよ」
「制服もなくて、休んでいい時に休める学校か…。一度どんな学校か見てみたいな」
「今度案内するよ」
「それは願ってもない事だ。そうだな…今度とはいわず今日の放課後案内してくれないか?」
「うん、ボクは別にかまわないよ」
「そうか。じゃあ駅前のベンチに4時半集合っていうのはどうだ?」
「りょうかいだよ。じゃあね祐一君、駅前のベンチで!」
 学校に向かうあゆの背中を見送り、私も学校へと急ぐ。しかし、今日は他に何か重大な事があったような…。
「お誕生日おめでとう、舞」
「あっ……」
 いつもの昼食会の佐祐理さんの一言でようやく思い出した。今日は舞の誕生日だった。昨日の一件ですっかり忘れており、誕生日プレゼントの用意さえしていなかった。
「すまん、舞…。忙しくて何も準備出来なかった、折角の誕生日なのに……」
「別に構わない…。気持ちだけもらえれば充分だから……」
「そうか…」
「お昼休みもそろそろ終わりますね。今日はこの辺りでお開きにしましょう」
「そうですね。じゃあ佐祐理さんに舞、また今度」
 佐祐理さんと舞に別れを継げ、私は教室に戻る事にした。
「祐一の一番の人が来ていたのなら仕方ないか…」
「祐一さん…、やはり貴方が王子様だったのですね…。ですが、お姫様はまだ……」


「待たせたな、あゆ」
 辺りが黄昏に包まれた駅前のベンチ。そこには変わらぬ笑顔で私を待っている少女の姿があった。
「ううん、ぜんぜん待っていないよ」
 少女の名は月宮あゆ。7年振りに訪れたこの街で邂逅した思い出の少女、そして私の一番大切な人といえる人…。日が経つにつれ思い出されるあゆと過ごした嘗ての刻―。だけどまだ思い出せない、この街での最後のあゆとの思い出が……。
「それじゃあ早速案内してくれ」
「うん」
 子供のようにはしゃぎ私を先導するあゆ。それだけその学校が自分にとって大切な場所なのだろう…。
「この先だよ」
「この先ってこんな山の中に学校があるのか…?」
「あるもん…」
 あゆに案内された場所…。そこは入口に2つの鳥居が連なる山道だった。常識的に考えればこの道は神社への山道である。どう考えてもこの先に学校があるとは思えない。
「あるよ、絶対……」
 始終学校があると言いながら私を導くあゆ、しかしその声には次第に不安が重なってきた…。
(この場所、昔来た事があるような……)
 歩くに連れ、嘗てこの山に登った事がある、そんな気がしてきた…。しかし、必死で思い出そうとするも記憶の断片は繋がらなかった…。
「……」
「やっぱり神社か。まさかお前の学校は寺子屋とでも言うんじゃないだろうな…」
 あゆの足が止まった先、その場所にあったのは鬱蒼とした鎮守の森に囲まれた神社であった。
「うそだよ…。ボク今日もここにある学校に通っていたハズだよ……」
 自分のとった行動に途惑い呆然と立ち尽くすあゆ。
「そうだ、リュック…。この中には……」
 何かに怯えながら藁をもすがる気持ちでリュックを開けるあゆ。しかしその中は空っぽで何も入っていなかった…。
「さがさなきゃ…」
 持っていたリュックをその場に放り出し、来た道に消えるあゆ。私も急いで振り返りその後を追おうとする。
「何だこれは……」
 振り返った目の前、来た時は気が付かなかったがそこには巨大な切り株があった…。私は巨大な違和感に包まれた…。この神社、確かに以前来た気がする…。でもその時は、確かにここに大木が生い茂っていた筈…。何故切り株なんだ…?そして切り株にも関わらず感じるこの圧倒的な気配は一体…!?
 この場所に居れば何か思い出すかもしれない、でも……、

『今貴殿が優先すべき事は記憶との邂逅よりも己の想い人を追い駆ける事で有ろう…。今見失えばもう二度と会えぬやも知れんぞ…』

 突然私の頭の中に響いてくる声…。この声は一体…!?だが、その声の主の言う通り、今私にすべき事はあゆを追い駆ける事である。
「あゆ…!」
 頭の中に響いたこの威厳に満ちた神々しい声、その声を背にし、私は必死にあゆの後を追う……。

『七年振りか…。随分と立派な若者に成長したものだな、春菊以上に我が朋友を思い起こさせる…。もっとも人の七年は我にとっての三〜四週間に過ぎぬがな……。かの者よ今は想い人を追え…、我の二の足は踏むでないぞ…』

…第弐拾七話完

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